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なんとか2月中にSS更新することができました!(汗)
今回は風邪引き話です。
風邪というのはよくあるネタですが……うちの子の個性が少しでも出せてたらいいな……(汗)
--------------つよがりな指先
手に取った濡れタオルは、もうすっかり熱くなっていた。
イザヤールはそれをたらいの冷たい水に浸して絞ると、アンジュの額へ静かに置いた。
「……アンジュ」
返事はない。
アンジュは今、高熱を出してベッドの中にいた。眠りについてはいるが、その頬は、すっかり赤くなっていた。呼吸もなんだか弱々しい。眠りの中にいても、苦しみが続いているのがわかる。
イザヤールはベッドの側で椅子に腰掛け、不安をたたえた瞳で、アンジュをじっと見つめていた。
その日は、ルディアノへ帰ろう団の活動日だった。
復興作業は少しずつ進んでいるものの、まだまだルディアノ城から魔物が減る気配はない。今回も、また強い魔物が出現したとの知らせを受けて、全員で退治に向かっていた。
相手の強さに少々手こずったが、魔物退治は無事に終了した。そしてセントシュタインに戻ろう、という時――突然、アンジュが倒れてしまったのだ。何も言わずに、ばたりと。
抱き起こした時には、彼女は既に熱に侵され、意識も朦朧としていた。
突然のことに驚いたが、とにかく早く安静にさせなければ、とイザヤール達は急いでリッカの宿屋に戻り、アンジュを部屋へ運んだ。
アンジュの服は、サティとリッカに頼んで着替えさせてもらった。特にリッカは事情を聞くやいなや、氷枕を用意したり、布団を厚みのあるものに交換したりと、てきぱき動いていた。宿泊客の中から病人が出ることは少なくないらしく、こういう事態には慣れているようだった。
きっと風邪だから、ゆっくり寝かせておいたら大丈夫だろう、とリッカは言った。同時に、アンジュの体調の変化に気づかなかったことを咎められもしたが。
リッカの言うとおりだな、とイザヤールは思った。
アンジュはきっと、あの戦いのさなかも高熱に苦しんでいたのだろう。にもかかわらず、具合が悪そうなそぶりを彼女は決して見せなかった。相当辛い思いをして、耐えていたに違いない。
「……気づけなくて、すまなかった」
火照った頬に、そっと指先で触れる――と、その時。
「……イザヤールさまの、せいじゃ、ありません……」
か細い声が耳に届く。
イザヤールがアンジュの顔をのぞき込むと、彼女は薄く目を開けていた。
「すまない。起こしてしまったか?」
「……いいえ」
アンジュはイザヤールを見上げて笑みを浮かべた。しかしやはり、苦しみをこらえて無理に笑っているように見える。
「……私の方こそ、すみません……迷惑、かけて」
イザヤールは目を細めて首を振った。
「迷惑だなんて思うものか。……今はゆっくり、体を休めておけ」
「はい……」
桜色の、柔らかな髪をふわりと撫でる。天使界にいた頃、時々そうしていたように。
アンジュが再び眠りにつくまで――いや、眠ったとしてもずっと、このままアンジュの側にいたいとイザヤールは思っていた。風邪に気づけなかった分、今の辛さを取り除く為に力になりたい、と。
しかしそう思っていた矢先、アンジュが「……あの」と口を開いた。
「……イザヤールさまも、早くお部屋に戻って下さい」
「……なに?」
思わず目を見開いた。聞き間違いかと思った。半ば反射的に聞き返すと、アンジュは小さく頷いてみせた。
「……ここにいたら、イザヤールさまにも、風邪がうつっちゃいます。……私なら、大丈夫です。一晩寝たらすぐによくなりますから……だから……」
その目の色に、イザヤールは見覚えがあった。
目の前のアンジュの姿に、記憶の中のアンジュが重なる。まだ翼と光輪を持っていた、幼い日のアンジュの姿が。
(そうだ……アンジュはこういう性格だったな……)
アンジュは昔から――それこそ見習い天使だった頃から、決して泣き言を言わなかった。一言で言えば、強がりな部分があった。
常人であれば間違いなく音を上げるような厳しい修行にも、アンジュは耐えてきた。「苦しい」「辛い」「無理」といった弱音の代わりに、「まだ大丈夫」「もっとやれる」という言葉ばかりを口にしていた。自分に言い聞かせるかのように。時には、もっと評価のハードルを上げて欲しいと自ら頼んできたこともあった。
そして文字通り、倒れそうになるまで鍛錬を続ける。自分の中に限界を作らず、どんな苦しみも引き受け、たった一人で耐えていく。イザヤールが止めなければ、確実に体を壊してしまっていただろう。
アンジュは、そういう少女だった。
そしてその強がりは、今になっても彼女の中に残っていたのだ。
「……できるものか」
イザヤールは苦笑を浮かべて、もう一度アンジュの髪を撫でた。
熱で苦しい思いをしているアンジュを一人にすることなど、できるはずがない。天使ではなく、人間として共に生きている今だから、尚更。
「弱音を吐かず、自分を甘やかさないところは、お前の立派な長所だ。だがな、アンジュ」
師が弟子を諫めるようなその口調に、アンジュはばつが悪そうにイザヤールから視線をそらした。しかしイザヤールの次の言葉は、優しく包みこむような声色で続いた。
「……お前は時々、自分に厳しすぎる。倒れてまで、自分の体に鞭打つ必要はないだろう。今ぐらいは、素直に甘えたらどうだ?」
師としてではない、一人の人間としての言葉でイザヤールが申し出るも、アンジュは答えなかった。素直に甘えることは、やはり彼女の心が咎めているらしい。
「もっと私に甘えていい。……いや、甘えてくれ」
イザヤールはなおも続ける。今度は人間としてではなく、アンジュの恋人としての言葉で。
そして最後に、呟くようにこう言った。
「……寂しいだろう」
その言葉に、アンジュははっと目を見張った。そしてようやくイザヤールと視線を合わせた。そんな事を言われるとは、思ってもみなかったのだろう。
イザヤール自身も、自分が言ったことであるにも関わらず、少々驚いてしまっていた。アンジュに対して、「寂しい」と口にするなど、以前は考えられなかったことだ。
(人間になって、アンジュと恋人同士になって……私も、変わったということか)
そう思い、イザヤールはふっと口元を緩めた。
「アンジュ。今の私は、お前の師ではない。……恋人だ」
アンジュはもう、イザヤールから目をそらさない。彼女の瞳の中には、柔らかく微笑むイザヤールの顔が映っている。
「恋人が自分に甘えてくれるというのは、この上ない幸せだぞ?」
だから遠慮などいらない。迷惑に思うことなどない。せめて自分の前でだけは、強がりを捨てて甘えてほしい。恋人として、ありったけの思いをこめて言葉を紡ぐ。
アンジュは黙ったままイザヤールの視線を受けていたが、やがておずおずと左手をのばし、イザヤールの前へと差し出した。
その指先を、イザヤールはそっと右手で包み込む。するとアンジュはその日初めて、心からの笑顔を見せた。花がほころぶような笑顔を。
言葉がなくとも、イザヤールにはわかった。差し出された左手は、「側にいてほしい」という、アンジュの思いだ。
口に出さなかったところを見ると、今の彼女では、これが精一杯なのだろう。甘えたい気持ちを素直に言えるようになるには、まだ時間が必要なのかもしれない。
だが今は、それで十分だった。これから少しずつ、ゆっくりと距離を縮めていけばいい。そのためにも。
「……ずっと、お前の側にいよう」
この時だけではなく。
明日も、明後日も、この先もずっと。
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つまりアンジュは甘えることが苦手、というお話でした。
ちなみにタイトルだけ「つよがり」と平仮名なのは、見た目としてその方が好みだったからです(笑)