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久しぶりのSS更新です! 前回の更新から一ヶ月近く開いてしまいましたね(汗)
相変わらずの亀更新ですみません……






今回はとある休日、夕暮れのお話。
最初はもうちょっと短くまとまる予定だったんだけどなあ(汗)







 
















--------------残照の中で













日が沈みかけていた。
夕焼け色に染まるセントシュタインを行き交う人々は、皆、長い影を引き連れている。
宿屋への帰路をたどるイザヤールもまた、その一人であった。
引き受けていたクエストが一段落して休息日となった今日、珍しく、パーティメンバーがばらばらに行動することになった。
サティはルディアノへ帰ろう団のマリッサの元へ遊びに行き、メルは野営で使うための新しい包丁が欲しいと言って、刃物店へ向かった。クロードは、顔なじみとなった武器屋の店主に頼まれ、仕事を手伝いに行ったらしい。
ならばアンジュを誘ってどこかへ出かけようかとも思ったのだが、アンジュにも用事があるらしく、朝のうちに宿屋を出て行ってしまった。
そこへやってきたのがルイーダだ。「どうせ暇なんでしょ? だったら買い出し頼まれて」と買い物メモを押しつけられ、まあ仕方ないかと思いつつ、イザヤールは市場へと向かうことになった。
そんなわけでイザヤールは、野菜に果物にパン、様々な食材が詰め込まれた大きな紙袋を両手に抱えて歩いていた。

 

 

歩き続けるうち、イザヤールはセントシュタイン中央公園にたどり着いた。
ここを横切れば、宿屋への近道になるだけでなく、季節を感じて色づく木々や、花壇の美しい花々を目にすることができる。イザヤールは、この通り道をひそかに気に入っていた。
足を止めると、木々のざわめく音だけが耳に入ってくる。もう夕刻だからか人の姿も少なく、話し声はほとんど聞こえなかった。イザヤールはしばしの間、そのまま夕暮れの公園に見入っていた。
そして再び歩きだそうとした、その時。
(……ん?)
ざわめきに交じって、聞き慣れた声が耳に入った気がした。
(空耳か? ……いや、あれは確かに)
聞き間違うはずがない。毎日のように耳にしている、愛しい少女の声。しかもこれはただの話し声ではない。歌だ。
――アンジュの、歌声だ。
そう思うか思わないかのうちに、足は動き出していた。

 

 

聞き逃さないように、声のする方向へとイザヤールは足を進めていく。時折立ち止まって、あたりを見回しながら。
どこから聴こえてきたのか最初は分からなかったが、公園の中をうろうろしているうちに、歌は少しずつはっきり聴こえるようになってきた。
柔らかな声で、穏やかに、メロディは続く。――その歌に、イザヤールは聴き覚えがあった。
(……天使界の歌?)
それは、幼い天使たちのために作られた歌。守護天使が人間を助け、星のオーラを手にして、世界樹に捧げるまでの物語が、歌詞となっているものだった。
(意外だな。あれを、アンジュが歌っているとは……)
出会った頃からずっと、アンジュは人間の歌を好んで歌っていた。もちろん天使界の歌が嫌いなわけではないのだが、やはり人の心がこもった歌に彼女は惹かれるようだった。そのためか、アンジュが歌う天使界の歌をイザヤールが聴いたことは、ほとんどなかった。
(しかし……どんな歌でも、アンジュの声は美しいな)
胸の中で呟きながら、ふっと笑みを浮かべる。
いっそここで立ち止まって、歌声に聴き入ってみようか――と思ったとき、不意に歌声が止んだ。
そして次の瞬間、同じメロディが、今度は数人の子供たちの声で響き渡った。

 

 

先程よりもずっと大きな歌声に、イザヤールが思わず目を向けた先では、夕陽を浴びてきらめく噴水が飛沫を散らしていた。この公園の見所の一つだ。
そのすぐ側、噴水前のベンチ。イザヤールはそこに、探していた少女の姿を見つけた。そして、ベンチに座る彼女の目の前には、三人の子供の姿も。
男の子が二人、女の子が一人。十歳にも満たないくらいの、幼い少年少女だった。彼らは満面の笑みを浮かべながら、元気よく、大きな声で天使界の歌を歌っている。それをじっと見つめるアンジュの横顔は、優しさに満ちたものだった。
やがて歌が終わると、アンジュはにっこりと微笑んで拍手を贈った。それを受けた子供たちは、照れながらもアンジュに感謝の言葉を述べた。そして別れの挨拶をすると、手を振りながら公園の外へと駆けていった。家族の待つ家に、帰るのだろう。
子供たちの姿が見えなくなるのを見届けると、イザヤールはようやく、アンジュの元へと歩み寄った。
「アンジュ」
「えっ!? イ、イザヤールさま!?」
イザヤールの呼びかけに、アンジュは振り向くと同時に大きく肩を跳ねさせた。その反応に、申し訳ないと思いつつも、可愛らしいと感じてしまう。
「どうして、ここに……」
「ルイーダに買い出しを頼まれて、これから帰ろうとしていたところだ。それでここを通りかかったら、偶然お前の歌声が聴こえてきたからつい、な。……気を悪くしたなら、すまない」
「いえ、私はただ、びっくりしちゃっただけですから」
アンジュは首を振って答えると、ベンチから立ち上がった。
「あの、それ全部買い出しの食材なんですよね? 私、少し持ちます。一緒に宿屋に帰りましょう」
そう言って、アンジュは両の手のひらを差し出してみせた。
「……かなり重いぞ?」
「それなら尚更、イザヤールさまにだけ持たせるわけにはいきませんよ」
イザヤールは苦笑を浮かべた。こういう事になると、アンジュは頑固なのだ。
「……では、これを頼む」
「はい、任せて下さい!」
抱えていたものの中で最も軽いパンの袋を、アンジュはイザヤールから受け取った。

 

 

夕陽の中を、二人は並んで歩いて行く。アンジュが早足にならないよう、イザヤールは少しだけ、歩く速度を緩めた。
「さっきは、子供たちに歌を教えていたのか?」
「はい、そうです」
イザヤールが問いかけると、アンジュは顔をほころばせて答えた。
「最初に会ったのも、あの場所なんです。歌の練習をしてたら、素敵な歌だね、って、あの子たちが近寄ってきてくれて」
その様子が、イザヤールには目に浮かんだ。子供たちは瞳を輝かせて、アンジュの歌に聴き入っていたことだろう。
「最初はただ、歌を聴かせてただけなんですけど……そのうちあの子たちも、私の歌を真似て歌うようになって……それからです、ちゃんと歌を教えるようになったのは。冒険や用事が何もない時には、中央公園で歌を教えるって、あの子たちと約束したんです」
「そういうことだったのか」
「あの……もし心配させてしまってたら、ごめんなさい。私、行き先も言わないで出ていっちゃって……」
アンジュは小さく頭を下げたが、イザヤールは首を振った。
「お前はただ、約束を守ろうとしただけなのだろう? ……私が咎めることなど、何もない」
「イザヤールさま……ありがとうございます」
詫びることでも、礼を言うことでもないのに、とイザヤールは思う。けれどそれもアンジュの優しさがさせることなのだろう。彼女のそういう所は、昔から変わっていない。それこそ、天使だった頃から。
そこまで考えて、はたと気づく。
「……そういえば、なぜ、天使界の歌を?」
一つ気になっていたことを、イザヤールは尋ねてみた。なぜあの歌を、子供たちに教えていたのか。
「あのくらいの年の子には、丁度良い歌ですから。それに……」
言葉を切ると同時に、アンジュは足を止めた。つられてイザヤールが立ち止まると、アンジュはゆっくりと、空を仰いだ。
「少しでも残していきたいって、思うから」
夜の色に染まろうとしている空には、既に一番星がきらめいていた。
「悲しくはないけど……寂しいって、思うんです。天使のこと、天使界のこと……忘れ去られてしまうのは。だから……せめて歌としてでも、残していけたらって。思い出してもらうことはできなくても、知ってもらうことはできるから」
アンジュの瞳は、少しの寂しさをたたえながらも力強く、真っ直ぐに星を見上げている。その横顔を見て、イザヤールはふと思い出した。いつか仲間が言っていた言葉を。
――アンジュの強さは、全てを受け入れて前に進む力。
アンジュは天使と天使界が人々の記憶から消えたという事実を受け止めた上で、その存在を人々の中に残したいと願い、歌っている。本当に、その言葉の通りだと思った。そしてそう思った時、返す言葉はもう口から出ていた。
「お前ならできる」
アンジュははっと振り向いた。できると断言されたことに驚いたのか、何も言わずにイザヤールの顔をただじっと見つめている。
「……お前が歌えば、その歌は聴いた人々の心に残る。その者達がお前のように歌えば、また別の人々の心に残る。そうして歌が伝わっていけば、その歌は……天使と天使界の存在は、いつか世界に刻まれる。……私は、そう思う」
イザヤールの言葉が続くにつれ、少しずつアンジュの頬が緩んでいく。口角が上がる。笑顔が、花開く。
――力強く、アンジュは頷いた。
「……イザヤールさま。私、これからもたくさん歌います。人間界の歌と同じくらい、天使界の歌も。ずっとずっと、歌い続けたいです」
イザヤールもまた、頷いて微笑みを返した。

 

 

「……さあ、戻るぞ。あまり遅いと夕飯の時間に遅れてしまう」
「はい!」
二人が再び歩き出したとき、アンジュの足取りはすっかり軽くなっていた。イザヤールを追い越し、二、三歩先を歩いていく。
これでは自分の方が彼女の歩調に合わせないといけないな、とイザヤールが苦笑したその時、アンジュの背中から、先程と同じメロディが聴こえてきた。
天使のために作られた、天使界の歌。
いつかこの歌が、彼女だけではなく、もっともっと多くの人に歌われるといい。イザヤールは心の中で、そっと祈った。

 

 

笑顔で歌を響かせるアンジュ。それを側で見守るイザヤール。
歩き続ける二人の姿を、残照が優しく照らし続けていた。








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アンジュは将来、「冒険者兼歌のお姉さん」になりそうです(嘘)





 

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