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ようやく書けました。ずっとずっと書きたいと思っていた、ED直後の話です。
今回は久しぶりに、クロード視点のお話。
……一応イザ主カテゴリに入れてはいますが、師匠がいないので、イザ主には当てはまらないかもしれません(汗)
--------------星空に捧ぐ
窓越しに見えるのは、無数の星をちりばめた濃紺の空。
明かりを消した小さな部屋には、柔らかな月明かりが差し込んでいる。
クロードは、机の上で頬杖をつきながら夜空の光を見つめていた。
もう夜も更けてきた。明日も早い。
本当はすぐにでもベッドに入らなければならないところだが、今日はどうしても、そんな気分にはなれなかった。
眠るのが勿体ない。そう思わずにはいられなくて。
(……今夜ぐらい、いいよな)
きっと仲間達も、そう思っているはず。
そう自分に言い聞かせておもむろに立ち上がると、クロードは、そっと廊下へと出て行った。
堕天使エルギオスとの戦いが終わり、サンディたちと別れたこの日の夜。一行は、ダーマ神殿に宿を取っていた。
役目を終えた天使たちが、星になっていった――既に「星ふぶきの夜」と呼ばれつつあるそれが起こってから、もう一晩が経とうとしている。
クロードが部屋に入る前は、昨日と同じ現象が今夜も起こるだろうかと期待し、夜空を見上げていた人々が大勢いた。しかし何も起こらないとわかって、それぞれの部屋に戻っていったようだ。昨日は夜明け近くまで騒ぎが続いたという神殿の中が、今は静まりかえっている。
だがクロードにとっては、寧ろその方が都合がよかった。
今、この空に輝いているのは、守り人となった天使たちの光。この世界が救われ、これからもずっと見守られていくのだという証。
それを、もっと近くで、体中に感じていたい。窓越しではなく、直接この目に焼き付けたい。その思いを胸に、クロードは歩みを進めていた。星を見るなら、やっぱり静かな場所がいい。
暗い階段を上り、大広間へと出て、音を立てないように外への扉を開けた、その瞬間――クロードの目の前には、星々の海が広がっていた。
星に手が届きそう、とまではいかないが、部屋の中から見た時よりも、ずっと空が近く感じる。この神殿が標高の高い土地にあることも、そう思う理由の一つかもしれない。
耳を澄ますと、滝の流れ落ちる音が聴こえる。少し肌寒いが、吹く風は春の匂いを纏っていた。
心地良い夜の中を、クロードはゆっくりと歩き出した。神殿前の長い階段に近づいていくにつれ、あたりの闇は濃くなってくる。階段下の道に沿って立ち並んだ街灯が、わずかに見えているのみ。自分の体が夜空に漂っているような錯覚すら覚えた。
(ん?)
ふと前方に目を向けると、闇の中に先客の後ろ姿がぼんやりと見えた。淡いピンクのナイトドレスを身に纏った、桜色の少女。
「……アンジュ?」
その後ろ姿に呼びかけると、彼女は振り向いて微笑みを浮かべた。
「クロード……」
「お前も起きてたんだな」
「うん。もう少し……ここで星を見ていたくて」
「だと思った。俺もだ」
やっぱり、とでも言うようにアンジュはクスリと笑うと、クロードの元へ歩み寄り、隣に立って空を見上げた。
「……すごいよね、この空。今まで見たどの夜空よりきれい……」
うっとりとした口調で言うアンジュの横顔を、クロードはちらりと見やった。
星々に見入る瞳には、少しの翳りも見えない。それは本物の、心からの笑顔だった。以前見たような、作りものの笑顔ではない。クロードは小さく安堵の息を吐いた。
正直なところ、少し心配だったのだ。――あの戦いが終わってから、アンジュは一度も泣いていなかったから。
地上に戻る箱舟の中から、空に向かって「ありがとう」と叫び続けていた時も、サンディたちの姿が見えなくなった後も、アンジュは涙を流さなかった。
だから、故郷を失い、同胞と別れることになった悲しみを、彼女は無理に閉じ込めているのではないか、と思っていたのだが、どうやらそれは杞憂に過ぎなかったようだ。
「……大丈夫そうだな」
聞こえないように呟いたつもりだったが、この静けさのせいか、アンジュにはしっかり聞こえてしまっていたらしい。アンジュはクロードの方を向き、からかうような笑みを見せた。
「意外?」
「あ、いや……」
まずいことを言ったか、と言わんばかりのそぶりを見せたクロードに、アンジュは笑顔のまま首を振った。
「ううん、気にしないで。そう思うのも、無理はないんだし。……心配してくれて、ありがとう」
その言葉は、前にも一度言われたことがあった。――箱舟から、ナザム村に落ちた時に。
あの時の言葉は虚勢から生まれたものだったが、今の言葉は違う。この旅の中でアンジュが本当に変わったのだということを、クロードは強く感じていた。
アンジュは再び、顔を上げて星を見つめた。
「……私ね。天使界がなくなって、寂しくないって言えば嘘になるけど……世界にとっては、これで良かったんじゃないかなって思ってるの」
アンジュの言ったことに、クロードは少しばかり驚いたが、同時に、ああそうかと納得する気持ちも生まれていた。アンジュならそう言うだろう、と心のどこかで思っていたのかもしれない。
「天使は役目のためだけの生から解放されたし……天使じゃなくて、この地上に生きる人たち自身が地上を守っていけるなら、それが一番いいことだもん。……あ、守護天使の仕事が嫌だったわけじゃないよ?」
最後の一言だけクロードの方を向いて、慌てて弁解するようにアンジュは言った。「わかってるよ」と答えると、アンジュはふっと口元を緩めて、語り続けた。
「……ただ、このまま天使が地上を守り続けていたら、人間は天使に頼りっきりになって、自分たちで地上を守ることを忘れちゃうんじゃないかって不安になったり……逆に、自分自身で生き方を決められる人間が羨ましいって思ったりしたことも、時々あったから」
それは、アンジュが今までほとんど口にしなかった、天使としての立場から生まれた言葉だった。今まで心の片隅に抱えていたものがなくなったことで、アンジュは少しほっとしているように見えた。
「きっと、これは悲しい変化じゃない。なんとなくだけど……星空のみんなも今、笑っているような気がするの」
アンジュの言葉を聞きながら、クロードも天を仰いだ。
「生きる世界は変わったけど、みんなはずっと空にいる。ずっと、見守ってくれてる。だから、悲しくはないんだ」
そこでようやく、クロードは気づいた。彼女にとって、これは『別れ』ではないのだ。
姿形は変わっても、同胞たちはいつも近くにいる。そう思っているからこそ、今彼女はこんなにも穏やかな表情を見せているのだろう。
だが、一つ気にかかることがあった。――たった一人だけ、それに当てはまらない者がいる。今、空に輝く星になっているかどうかも定かではない者が。
言うべきかどうかためらう気持ちはあった。けれど、きっと今のアンジュなら受け止められる。そう信じ、クロードは問うてみた。
「……あの人が側にいなくても、か?」
クロードが『あの人』と呼ぶのは、ただ一人。アンジュも当然、その意味に気づいているはず。
アンジュはしばらく黙ったまま空を見上げていたが、やがて小さく息を吐き、沈黙を破った。
「……正直なところ、全然悲しくないとは言い切れないかも。……でも、もう後ろを向いたりはしないよ」
その声には、ほんのわずかの寂しさが含まれていたが、アンジュの視線が揺らぐことはなかった。
「イザヤールさまのことは、本当に、辛かったけど……私はもう、十分過ぎるほど泣いたから。あとは、前に進むだけ。悲しんでばかりいたら、イザヤールさまに叱られちゃうしね」
クロードと目を合わせ、アンジュは顔をほころばせる。彼女は確かに、深い悲しみから立ち上がって、歩き出そうとしていた。
「……それにね、私、気づいたの。私にはまだ、イザヤールさまのためにできることがあるって」
そうか、そういえば――とクロードは心の中で呟いた。
ガナン帝国城で再会するまでは、『もう一度イザヤールに会うため』。エルギオスと戦おうとした時には、『イザヤールの最後の願いを叶えるため』。
思えば果実を奪われ、ナザム村に落ちた時から、アンジュはずっとイザヤールを軸にして動いていた。
だが、エルギオスとの戦いが終われば、その軸がなくなってしまう。そうなった時のアンジュのことが、自分も仲間たちも気がかりだった。アンジュ自身もそれを自覚していた。
けれど、どうやら彼女の中では、また新たな軸が生まれていたらしい。
「それって……?」
クロードが尋ねると、アンジュは指を組んだ両手を胸に当てて、祈るようにこう言った。
「あの人を、想い続けること。ずっとずっと、好きでい続けること」
問いへの答えは、彼女の恋心そのもの。
愛しい人への想いを、永遠に守り続けること――それが、今の彼女の道標だった。
「戦いが終わって、地上に戻ったときに決めたの。守り人としてじゃなく、一人の人間として。これからは、ずっと――」
顔を上げ、迷いのない声で、アンジュは決意の言葉を告げた。
「あの人を想うために、私は生きていく」
凛としたその横顔に、クロードは思わず目を奪われていた。
その瞳が映すのは、どこまでも深く強く、イザヤールを想う心。そして、揺るぎない意志。
(そうだ……こいつのこういう所を、俺は好きになったんだ)
痛みも悲しみも、全て胸に抱き、彼女はこれからも歩いていくのだろう。それすらも、愛しさに変えて。
『全てを受け止めて、前に進む力』――きっとそれこそが、アンジュの強さなのだ。
(……やっぱりお前は凄いよ、アンジュ)
彼女と出会い、彼女の仲間として共に歩き、そして彼女を好きになったことを――クロードは心から、誇らしく思った。
だからこそ、これからもそんな彼女の側にいたい。彼女と、彼女の守りたいものを、自分も守りたい。
胸の中で、クロードは自分自身に誓いを立てた。
「なあ、アンジュ。……歌ってくれないか?」
「え?」
長い沈黙の後。
不意にそう切り出したクロードに、アンジュはきょとんとした表情を見せた。まあ当然だろうな、と思いながら、クロードは答える。
「ごめんな、急に。でも、この空を見てたら……聴きたくなった」
星々の彼方へ響く彼女の歌は、きっと地上のどの歌よりも美しいはずだから。心の中でだけ、クロードはそう付け足した。
「いいけど……何の歌を?」
「お前が今、いちばん歌いたい歌を」
アンジュ自身の心から生まれる歌でなければ、意味がない。その思いが伝わったのかどうかは定かではないが、アンジュはクロードの言葉を受け、静かに頷いた。
「……わかった。それじゃ……」
ゆっくりと一つ深呼吸をして、アンジュは歌い出した。
夜空に輝く、星を見つめて。
優しく緩やかなメロディーで歌われたのは、今はもうここにいない、愛しい人への想い。
彼女の唇が初めて紡いだ――ラブ・ソング。
微笑みを浮かべ、尽きることない愛しさを、アンジュは歌い続ける。
そのメロディーに聴き入りながら、クロードはもう一度、空を見上げた。
(約束するよ。あんたたちの大事な仲間は、俺たちで守る。この笑顔も、心も、歌も。――必ず、守ってみせる)
それぞれの誓いを胸に刻んだ、二人の地上の守り人。
彼らを見守るように、星空の守り人たちはいつまでも、輝きを放っていた。
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劇場版マクロスF後編のEDテーマ「ホシキラ」を聴きながら。
今回はこの曲にものすごく助けられました。(汗)
悲しいこともあったけど、悲しいままでは終わらせたくない。
そんなアンジュの気持ちが少しでも伝わればいいな、と思います。