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お待たせしました。ようやく完成しました!(汗)
いつか絶対書こうと思っていた、師弟の(といっても師弟になる前ですが)出会いのお話です。
--------------はじまりの歌
それは、イザヤールが星のオーラを捧げようと、世界樹の間へ向かっていた時だった。
世界樹の間に行くためには、長い階段を上っていかなければならない。
守護天使の任を継いだばかりの頃は、そこにたどり着くまでの道のりに疲れを感じることも何度かあった。だが、世界樹の間へ行くことがすっかり習慣と化してしまった今となっては、落ち着きや心地よささえ感じるようになった。
階段の上から天使界を見下ろしたり、世界樹の葉を揺らす風を感じたりする時、不思議と心が洗われるのだ。
今日とてそれは例外ではない。
昨日の見回りは明け方まで続いた。天使界に帰還してきた今は、既に早朝である。この時間に外に出ている天使は、あまり多くはない。
その朝の静けさもあいまって、よりいっそう清々しい気分を感じながら、イザヤールは階段を上り続けていた。
しかし次の瞬間、張り詰めた空気を感じて、イザヤールは歩みを止めた。
(……声が聞こえる。何やら、諍いのような……)
階段の上から、声は聞こえているようだ。おそらくは、世界樹の間の一段下のエリア――下級天使でも行ける場所の中で、最も高いところだろうか。
遠くて何を言っているのかまでは聞き取れないが、穏やかな様子でないことだけは確かだった。時折怒声も交じっており、ぴりぴりとした空気がこちらにまで伝わってくる。
(……下級天使が喧嘩でもしているのか?)
場合によっては間に入ってその場を諫める必要があるか、と考えながら、イザヤールは階段を上っていった。
近づいていくうち、声は次第にはっきりと聞こえてきた。
「お前、それで本当に天使としての自覚があるのか? ……いや、そのなりじゃ天使失格って言われてもしょうがないか。なあ?」
「ああ、この翼、小さすぎるもんな。お前がそういう甘い考えを持っているから、神様もお前を見限られたんだろうよ」
聞こえるのは若い二人の男の声。
どうやら、一人を相手に二人で詰め寄っているようだ。一体何があったのだろう、とイザ
ヤールが考える間もなく、
「……ご、ごめんなさい……」
か細い泣き声が、耳に届いた。
(子供の声……!?)
そう、それは幼い子供、しかも女の声だった。そう認識するや否や、イザヤールはいてもたってもいられずに走り出した。
「お前達! ここで何をしている!!」
叫びながら駆け上がった階段の先、廊下の突き当たりにその姿は見えた。
背中を見せていた二人の男は、イザヤールよりも若く、位が低いように見えた。彼らはイザヤールの声にはっと振り返り、
「やべっ!」
「逃げるぞ!!」
翼を広げたかと思うと、たちまち空へと飛び立っていってしまった。
「待て!」
慌てて駆け寄ろうとしたが、空を舞う翼に足が勝てるはずがない。飛んでいく二人の姿はどんどん小さくなる。後を追おうか、とイザヤールは翼を広げたが、思いとどまってそれを畳んだ。彼らを追うよりも先に、すべきことがある。
イザヤールは、もう一度廊下の突き当たりに目を向けた。
「……っく、ひっく……」
そこには、一人の少女だけが残されていた。まだ幼い、最下級の天使。
同じ年頃の天使に比べると、その翼はかなり小さく見えた。先ほど男達が言っていたのは、この翼のことだったのだろう。
少女は両手で顔を覆い、未だ肩を震わせながらしゃくり上げている。こんな弱い者いじめのようなことをする天使がいたとは、とイザヤールはため息を禁じ得なかった。
「……大丈夫か?」
声をかけるも、少女が泣き止む気配はない。
(やはり、恐かったのだろうな)
大人二人に迫られて、幼い彼女が恐怖を感じなかったわけがないだろう。……もしかしたら、自分も恐怖の対象になっているのかもしれない。
イザヤールはゆっくりと少女に歩み寄り、片膝をついて、桜色の柔らかな髪を優しく撫でた。
「あの二人はいなくなった。……もう安心していい」
するとその手のぬくもりに安心したのか、少女は覆っていた手を離し、顔を上げた。
茶色の瞳は、縋り付くように見つめてくる。そこに残る涙をそっと拭ってやると、イザヤールは穏やかな口調で、しかし険しい表情で言った。
「……何があった? あの二人に、何を言われた?」
「歌、を……」
「歌?」
イザヤールが問い返すと、少女は小さく頷いた。
「……ここで、歌を歌っていたんです。見晴らしがよくて、とっても気持ちよく歌える場所だから。そしたら……」
そこまで言うと、少女はイザヤールから視線をそらし、再び俯いてしまった。
「これは人間の歌だから、歌っちゃだめだって……」
「あの二人に言われたのか?」
「……はい」
「なるほどな……」
天使とは、人間たちを導くための存在。人の上に立つべきもの。その天使が、人間の作った歌を歌うなど――人間のような、愚かな存在に成り下がったことと同じ。許されることではない。あの二人の言動は、そう思ってのことだったのだろう。
自分たちが天使である以上、確かに、そう考えるのが正しいのかもしれない。だがイザヤールは、どうしても、目の前の少女が罰せられるべきだとは思えなかった。
「お前はなぜ、その歌を歌っていたんだ?」
「そ、それは……」
少女が声を詰まらせた。イザヤールも自分を叱ろうとしている、と思ったのかもしれない。
「大丈夫だ。……私は、お前のしたことを叱るつもりはない」
イザヤールは、少女の顔をのぞき込んでふっと笑顔を浮かべた。すると少女が、緊張を含ませながらも、はっきりとした声で答える。
「……とても、素敵な歌だから。私……あの歌が、大好きなんです」
「……歌ってみてくれないか」
「えっ?」
弾かれたように、少女が顔を上げた。その瞳は、驚きと戸惑いを映している。今の言葉は聞き間違いではないだろうか、と言わんばかりに。先程までそのことでなじられていたのだから、当然のことだろう。
しかし、自分でも不思議なくらい、その言葉はするりと出てきた。
この少女が好きだと言った人間の歌を、聴いてみたい。そう思うことは、上級天使としてはあってはならないことかもしれないが、それでもなぜか、自分を律する心よりも好奇心が上回ってしまっていた。
「上級天使の言いつけには逆らえない。お前も、分かっているだろう?」
「は、はいっ!」
少女は驚きを残しながらも、イザヤールの言葉を受けて廊下の端、天使界を見下ろせる方向へ走り出す。
そして立ち止まると、すうっと、息を吸い込んだ。
それは、子守唄だった。
紡がれていくのはゆっくりと流れる、優しくあたたかな旋律。我が子を愛し、慈しみ、いつまでも笑顔であるようにと願う心が、それに重なり合う。
最初は少し控えめに、小さな声で歌っていた少女も、少しずつ緊張感が解けてきたのだろう、次第にその声は滑らかに、高らかに、空へ響いていく。その横顔には既に、笑みが戻っていた。
その歌声に、イザヤールはただ、聴き入っていた。
(これが、人間の作った歌、か……)
天使界の歌とは構成も、歌詞の付け方もまるで違う。――しかしそこには、今まで聴いてきた天使界の歌には無いものがあった。
歌い終えた少女は、笑顔でイザヤールの元へと戻って来た。言葉を発するよりも先に、ぺこりと小さく頭を下げる。
「聴いてくれて、ありがとうございました」
顔を上げ、イザヤールと目が合うと、少女は照れくさそうにえへへと笑った。
「……いい歌だな」
イザヤールがそう言うと、少女はぱあっと瞳を輝かせる。
「……そう言ってもらえたの、生まれて初めてです!」
余程嬉しかったのだろう、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「この歌には、人を思う心が込められているから……歌っていると、とっても優しい気持ちになれるんです」
「そうだな。……私も、そう思う」
人間の歌にあって、天使界の歌には無いもの――それは、『人を思う心』だった。
天使界の歌で歌われているものは、神や世界樹や自然の姿など。幼い天使が歌う物語仕立ての歌もあるが、やはり人の心そのものを歌っているものは、天使界には存在していない。
だからこそ、だろうか。少女が歌った子守唄は、この上なく優しく聞こえた。
「……上級天使さまの中には、人間を愚かだって言う人もいますけど、私……どうしても、そうは思えないんです。だって、誰かを大切に思う気持ちが、こうして歌になって残っていくんですから」
「……!」
少女のその一言に、イザヤールは思わず、言葉を詰まらせた。
(……人間を、そんな風に思っていた天使がいたのか……)
彼女のような考えの持ち主は、今まで見たことがなかった。
人間は愚かな存在。だから、天使が導かなければならない。イザヤール自身も、そう思っていた。それが、神の教えであると信じていた。
だが、その人間の作った歌が、人が人を思う心が、少女の心を魅了し、イザヤールを優しさで満たしたのもまた、事実であった。
(神のおっしゃったことが、全てではないのだろうか……?)
自分の中に根付いた神の教えを、覆すことは容易ではない。しかし、彼女の考えを受け入れようとしている自分が心のどこかにいることを、イザヤールは確かに感じていた。
「……頼みたいことがある」
「は、はい、何でしょう?」
「また会える時があったら、もう一度、あの歌を歌って欲しい」
「……はいっ!」
満面の笑みを浮かべ、少女は力強く頷く。しかしその直後、何かを思い出したように「……あ」と呟いた。
「でも、またさっきみたいに、歌うなって言われたら……」
「大丈夫だ」
イザヤールは片膝をついて、しゅんとしてしまった少女の頭をそっと撫でた。
「その時は、私が守ってやる」
「……」
鼻先が触れるほどの距離で見つめられた少女の頬に、わずかに赤みが差す。
「あ、ありがとうございます……」
もう一度少女の頭を優しく撫でて、イザヤールは立ち上がった。
「では、私はそろそろ行こう。世界樹の間に向かわなくてはならないからな」
「あ、そうですね。引き留めてしまってすみません」
「気にすることはない。歌を聴かせてくれて、ありがとう。……ではな」
そう言ってイザヤールは踵を返し、階段へと歩いて行ったが――ふと立ち止まり、振り返った。
「……お前、名はなんという?」
「は、はい。アンジュ、といいます」
「……アンジュ、か。……覚えておこう」
そして再び、廊下を歩き始めた。
その後、勤めを終えてイザヤールが自室へ戻ろうとしていた時。
(……そういえば)
ふと一つの疑問が頭に浮かび上がり、イザヤールは思わず立ち止まった。
(……アンジュは何故、人間の歌を知っていたのだ……?)
彼女が何故あの歌を知っていたのか。どうやって覚えたのか。
――それが語られるのは、そう遠くない未来のことになる。
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ずっと温めていたお話です。
人間を愚かな存在だと思っていた師匠が、人間に対する認識を改めるきっかけになったのが、アンジュとの出会いだったらいいなあ、ということで。
エルギオスの思いが人間になって初めてわかった、ということにはなっていますが、星のまたたきからオープニングまでの間にも、師匠には何かしら心の変化があったと思うんです。
そうじゃなければ、オープニング時のあの師匠にはなっていないと思います(笑)
この時のアンジュの年齢は、「オリガと同じくらい」を想定しています。
そしてアンジュは天使の中でも、師匠についたのが遅めという設定です。12歳くらいかな?
「イザヤールがずっと弟子をとらなかった」っていう話が最初にけっこう出ていたので、主人公が師匠についたのは割と最近なのかな~と私は思ってたんです。
ちなみにこの出来事がきっかけで師匠はアンジュを弟子にすることに決めるのですが、アンジュはこの時のことを全く覚えていません。(笑)