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もともと主人公は武闘家にするつもりだったので、強くてかつ女の子らしさのある扇を選びました。
主人公らしくない武器だけど、それがいい。
パーティの仲間たちも登場しているので、設定を読んでから読むことをお勧めします。
--------------風の舞姫
――まだ、アンジュが見習い天使だった頃の話だ。
一度だけ、ウォルロ村に旅の踊り子が訪れたことがあった。
彼女は踊り子のドレスにサークレットといった、旅人にしては少々華やかなものを身につけていたが、旅慣れしているだけあってか、戦いなどで服が汚れた様子は全く見られなかった。村人との会話を聞いたところ、たった一人で旅を続けながら、行く先々で自分の舞を披露し、腕を磨いているのだという。
ウォルロ村の住人が舞というものを間近で見たことがないからか、彼女の存在は、すぐに村人たちを惹きつけた。
そして半日も経たないうちに、村中の人間が彼女の元へ集まった。彼女は予想していた以上の歓迎に戸惑いながらも、感謝の言葉を述べ、柔らかく笑った。
村の中央の小島で、滝を背にして披露された舞は、思わず息を呑むほど美しいものだった。
軽やかな足取り、しなやかに伸びる手足。旋回するたび、風に揺れる花びらの如く、袖がふわりと揺れる。一瞬たりとも気を抜いていないことは間違いない。しかし、彼女は舞っている間、真剣な眼差しではなく――穏やかな微笑みを、絶えず見せていた。
風を読み、風とともに踊っているかのようなその舞は、最後にひときわ大きく旋回し、両腕を水平に広げて終えられた。
一瞬の沈黙。
しかしそれはたちまち、村人からの拍手と歓声で打ち破られた。
その様子を、アンジュとイザヤールは上空から見下ろしていた。
舞の間、二人も村人たちと同じように口を噤んでいたが、彼女が舞を終えて一斉に村人に囲まれたのを見て、アンジュはポツリと呟いた。
――凄いですね、あの人。
――ああ、そうか。お前も舞を見るのは初めてだったな。
イザヤールの言葉に、アンジュは小さく首を振った。
――確かに、あの人の舞はとても綺麗だったと思います。でも、それだけじゃなくて……あの人、舞だけで村中の人を笑顔にしてしまったでしょう? ……だから、凄いなぁ、って。
それからしばらくの間、アンジュは彼女と村人たちの笑顔を、何も言わずに見つめていた。
踊り子の歓迎と、美しい舞を見せてくれた礼として、その夜は村をあげての宴となった。
夜が更けて宴も終わり、村人たちはそれぞれの家に帰っていった。踊り子も、宿へ行ったようだ。
天使界へ戻る前に、村の周囲を見回ってくるとイザヤールは言った。その間に、村の中の見回りをしておけ、とも。
言われたとおり、アンジュが村の様子を見て回ると、もうすでに村中が、眠りについているようだった。
元々、人の少ない村だ。外に出ている人がいなくなったことで、すっかり静まりかえっている。聞こえるのは、アンジュ自身の翼の音だけだ。
一通り村の中を見てみたが、特に異常は見られなかった。最後にアンジュは、村の中央の小島に降り立った。
その時だった。
(……あれ?)
何か地面に光るものが見えた気がして、アンジュは思わずそこへ駆け寄った。
見間違いではなかった。それはいとも簡単に見つかった。
(これって……)
月の光を受けてわずかに光っていたのは、銀色の扇。昼間に、ちょうどこの場所で、踊り子が舞を披露したとき、手に持っていた物だ。おそらく、宴の時に置いたまま、忘れてしまったのだろう。
そうと分かれば、早速これを宿屋にいる彼女のもとに届けなければならない。
扇を手にとって間近で見てみると、昼間の舞を見ているからだろうか、いっそう輝いて見えた。彼女の動きの一つ一つが、頭の中に鮮明によみがえってくる。気づかないうちに、扇を持つ手は止まっていた。
見ている人も、彼女自身も、笑顔になってしまうあの舞。あれを彼女は、どんな気持ちで躍っていたんだろう。
――知りたい。彼女が何を感じていたのか。
そう思ったら、身体が勝手に動いていた。
(少しだけなら、借りていても……いいよね)
そう、ほんの少しだけ。
彼女の心に、触れてみたかった。
目を閉じて、扇を持つ右手を真っ直ぐ前に伸ばした。それから、左のつま先でステップを踏みながら、右手を真横に持っていく。それを合図に、リズムが早くなる。
さすがに彼女のようにはいかず、ステップと、腕の動きと、ターン。それだけを繰り返す単純な躍りしかできなかった。しかし、それでも自然に、アンジュの顔には笑みが浮かんでいた。
(……本当に、風とひとつになったみたい。こんな気持ちになれるんだ……)
身体に受ける風と、踏む土の柔らかさを感じながら、アンジュの動きはますます早くなる。そしてもう一度、大きく旋回した時だった。
――アンジュ?
聞き慣れた声に思わず足を止めると、そこにはいつの間にか見回りから戻ってきていたらしい、イザヤールが立っていた。
(き、気づかなかった……!!)
イザヤールが戻ってくることを考えていなかった自分の愚かさと、舞を見られた恥ずかしさにパニックを起こしかけたが、なんとか踏みとどまった。それよりも先に、言うべき言葉がある。
――すみませんっ!! 今すぐ返してきますから……
しかし、イザヤールの口から出たのは、意外な言葉だった。
――いや、いい。もう少しだけ、続けてくれないか。
――えっ?
普段の彼からは想像もできなかったその言葉に、アンジュは思わず耳を疑った。戸惑っているアンジュに、イザヤールは穏やかな微笑みを浮かべて、お決まりの台詞を告げた。
――上級天使には逆らえないのが習わしだろう?
――は、はいっ!!
慌てながらも再び扇を構え、アンジュは舞い始めた。
イザヤールが側にいることで、最初は少し緊張していたものの、次第に心は落ち着いてきた。先程は、彼女の動きを思い出しながらの舞だったが、今度はぎこちなさもなくなってきている。
小さく息を吐き、アンジュは目を閉じた。
視界を閉ざすと、そこはアンジュと風だけの世界になる。
身体に触れる風の軌跡を読み、その流れに身を任せる。
風を追っているうち、風が自分の手を取って踊り始める。
手と足だけでは、まだ足りないような気がした。アンジュは小さな翼を羽ばたかせ、宙に舞った。
そして静かに、目を開ける。
目の前には、金色に輝く月を写した滝。そのままくるりと身体を回転させると、一瞬ではあったが、村の姿を見渡すことができた。
――最初に見たときよりもずっと、美しく見えた気がした。
地面に降り立ち、軽く身を屈めて一礼。
顔を上げた先には、最初の位置から一歩も動くことなく、イザヤールが立っていた。
ずっと見られていたと思うと、何だか照れくさくなってしまうが、今はただ、見ていてくれたことが嬉しくて仕方がない。
いかがでしたか、とアンジュが問うより先に、イザヤールは口を開いた。
――見事だったぞ、アンジュ。
――ほ、本当ですかっ!?
――ああ。確かに技術が足りない部分はあるが、純粋で……とても、美しい舞だった。
そう言ったイザヤールの笑顔を、低い音調の優しい声を、アンジュは今でもはっきりと覚えている。
アンジュがイザヤールから『美しい』と言われたのは、後にも先にも、この時だけだったのだから。
「……それでずっと、扇を武器にしてるってこと?」
「うん。最初は剣を持ってたんだけど、ウォルロ村のよろず屋を覗いた時に、扇が売られているのを見て……その時のこと思い出して、思わず買っちゃったんだ。それから、私の武器はずっと扇」
目を細めて、アンジュは自分の扇を見つめている。なるほどね、と隣を歩くサティが呟いた。
見上げると、どこまでも青い空。まぶしい太陽に照らされて、地平線まで続く草原は鮮やかな緑を写す。
草原の中の街道を、アンジュは仲間たちとともに歩いていた。いつもと変わらない、旅の風景。
このような思い出話が旅路で語られたきっかけは、「なんでアンジュは扇を武器にしてるの?」という、サティの一言だった。
「最初にアンジュに会った時は、不安に思ったもんだけどな。こんな扇で本当に黒騎士と戦えるのか、って」
背後から呼びかけられ、アンジュは振り向いた。
「旅芸人の扇を馬鹿にしたら罰があたるよ、クロード」
少しむくれながら返すと、クロードはいやいや、と顔の前で手を横に振った。
「わかってるって。お前の強さは俺たちがいちばんよく見てるだろ」
「確かに……アンジュはあの黒騎士と、扇で互角に渡り合っていたからな。『勇敢な旅芸人』にふさわしい戦いぶりだった」
クロードの隣を歩くメルが、顎に手を当てて頷きながら続ける。
「まあ、旅芸人の肩書きにも扇はちょうどよかったしね。ちょっとだけ、お金がないときに舞で稼いだこともあったし」
「えっ、それホント!?」
『旅芸人』という言葉で思い出し、何気なく呟いたことだったが、サティはそれに激しく食いついてきた。
「う、うん……独学だから、あんまり上手いものではないけど」
「ねえ、だったらさ、ちょっと躍ってみてよ! あ、でも音楽がないと難しいかな……メル、歌ってくれない?」
「全力で断る!!」
「もう、なんで嫌がるかなぁ。メル、歌うまいのに」
普段は口数が少なく、物静かなメルだが、歌に関する話題を出されたときだけはむきになって言い返す。そして時には、そのままサティと言い争いになる。
この光景は、アンジュも何度となく見てきた。
これを見るたびに、微笑ましいな、とアンジュは思う。言葉通り「喧嘩するほど仲がいい」のだ、この二人は。でなければ、幼い頃からずっと一緒にいられるはずなどない。
「……あははっ」
メルには申し訳ないと分かっていても、つい笑みを浮かべてしまう。
「アンジュ、俺も見たい。お前がどんな風に舞うのか」
「え、クロードも?」
思わぬ人物からの要望に、アンジュは目を丸くした。
「……何だよ、その意外そうな顔」
「いや……クロードは、こういうものに興味はないと思ってたから。なんとなく」
その言葉を受けて、クロードが一瞬顔を背けたとき、その頬が少しだけ赤みがかっていたことに、アンジュは気づかなかった。
「ね、クロードもそう言ってることだし」
ほらほら、とサティはアンジュの背中を押しやる。促されるままに、アンジュは草原に立った。
「じゃあ……ちょっとだけ」
小さく息を吐いて、風の流れに身体を重ねる。
構えた扇は、蝶のようにひらりひらりと舞い始める。
その動きに、やがて右腕が、左腕が、両足が導かれる。
(懐かしいな、この感じ)
最初に舞った時に胸の中にあったのは、踊り子の彼女の気持ちを知りたいという好奇心と、ただ舞うことが楽しいという思いだけ。
けれど、今は違う。
今、この胸の中にあるのは、たった一人のことだけ。
(……イザヤールさま)
イザヤールがいたから、舞を知ることができた。
イザヤールのことを思って、扇を持ち続けてきた。
あの時のように、傍にいて笑いあえる時間が戻ってくることを願って。
今、あの人はどこにいるのだろう。
彼がもう一度自分の名を呼んでくれる日は、いつか来るのだろうか。
会いたい。
――あの人に、会いたい。
舞を終えたとき、アンジュはなんとなくその場から動くことができずにいた。
「アンジュ」
最初に口を開いたのは、サティだった。うつむいていた顔をわずかに上げると、彼女はアンジュの方へ二、三歩踏みだして、静かに、けれど力強く告げた。
「大丈夫。……絶対、会えるよ」
「サティ……」
サティの両隣にいるクロードとメルも、何も言わずに頷いていた。
――仲間たちは、分かってくれていた。自分の、この気持ちを。
「……うんっ!」
胸の中に、あたたかな灯がともる。
嬉しさに任せて、アンジュは仲間の方へ駆け出した。
(――大丈夫。私には、信じる力をくれる仲間がいる――)
駆け寄ってきたアンジュを三人は笑顔で迎え、口々に舞への賛辞を述べた。賛辞を受けたアンジュは礼を言いながら、照れ笑いを浮かべる。
やがてその声は風にさらわれ、空の彼方へと消えていった。
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調子に乗って飛ばしすぎた。
初めてパーティメンバーを書いてみましたが、私は複数の人間を同時に動かすことがとても苦手だということを実感。ペルソナ4の時もそうだったけど、精進しなければ。
あと、舞の定義が曖昧ですが、その辺は雰囲気だけつかんで流してもらえると幸いです。
ちなみに、最初に出てきた「踊り子の彼女」は、オープニングムービーのミーナのイメージだったりします。