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主クマお題その2。初めてまともな会話が出ます。
二年生四人+クマで探索中。





ダンジョン探索中、ナビはどこにいるのか。それが最大の謎。



















--------------思いがけない暖かさに










「センセイ……大丈夫クマか?」

なぜこの言葉で、気づかなかったのだろう。


本当はこのときに、気づくべきだったのだ。
戦いに勝利した時、それを喜ぶ言葉ではなく、自分を案ずる言葉がクマから届いたのは、初めてのことだったということに。
そして、クマは自分達以上に、自分達の心身の状態を把握しているということに。






黒い霧が四散する。また一体、シャドウが消滅した。

「はぁぁ、つっかれたぁー……やっと終わったぜー……」
「一時はどうなることかと思ったよー……」
陽介と千枝は二人同時に、ほぼ崩れ落ちるような形で、床に腰を下ろした。安心して、どっと疲れが出てしまったのだろう。
「みんな、大丈夫!?」
自分たちから少し離れて回復役をしていた雪子が、駆け寄ってくる。
今回復するから待ってて、と言い終わる前にはもう、彼女は仲間たちに『ディア』を施し始めていた。ありがとー雪子。悪ぃな天城。そんな彼らの声を聴いて初めて、自分も肩から力が抜けたような気がした。





今のところ、テレビに入れられた行方不明者はいない。だが、いつ次の事件が起きてもおかしくない。
その時に備えて、今日の探索では、戦闘訓練と称したシャドウ退治を行っていた。
何度も繰り返しシャドウと戦ううちに、メンバーも戦い方が掴めてきたようだ。一人一人のペルソナは、少しずつではあるが、力をつけてきている。
自分たちのレベルは、このフロアにいるシャドウを難なく退治できるまでに達していた。


ただ、たった今戦ったシャドウは、些か厄介な相手だった。
敵は直接攻撃をほとんどせず、術ばかりを放ってきた。しかも、一つの属性ではなく、複数の属性の術を使い分けて攻撃してきたのだ。
ただでさえ、遠距離から攻撃されては、こちらからの反撃がしにくくなるというのに、複数の属性を持っているとなると、弱点を突かれて倒れてしまう。実際、仲間たちは、倒れては立ち上がり、ということを繰り返しながら戦っていた。
その上、こちらも術で応戦しようとすると、それがはじき返されてしまうのだ。
弱点を突いてくる上に、術も効かない、となると、あとは力押ししかない。
陽介と千枝に援護を頼み、雪子には回復に徹してもらう。相手の術に苦しみながらも、そうしてなんとかシャドウを倒すことができた。

そして、今に至る。





「小鳥遊くんも、座ったら?」
至近距離からの声に思わず振り向くと、雪子が自分の傍まで来ていた。
「疲れたでしょう? 少し、休んだ方がいいよ」
そう言って自分にも『ディア』を施す。先程の長期戦で受けた傷が、みるみるうちに塞がっていった。回復の術で疲れまで癒すことはできないが、なんだか心まで軽くなったような気になる。
全ての傷が癒えると、これでよし、と雪子は手を止めて、顔を上げた。
「花村くんも千枝も、しばらく動けないと思うし。私も少し、休ませてもらおうかな」
そう言って微笑むと、雪子もふう、と息を吐いて腰を下ろした。
じゃあ、俺もそうさせてもらおうかな。そう言おうとして、異変に気づいた。


口が、動かない。


まるで凍りついたかのように、口の筋肉はその機能を失っていた。
まさか、と思いながら、腰を下ろすだけでもしようと試みるも、手も、足も、全く自分の意志に従わない。ピクリとも動かないのだ。


「……小鳥遊くん? どうかしたの?」
その声に視線を向けると、剣を持ったまま立ち尽くしている自分を見て何かと思ったのだろう、傍らに座る雪子が、自分を見上げている。
辛うじて、眼球の自由はきくようだ。しかし、自分の身体の中で今動くのはそれのみだ。このままでは、自分の身体の異常を訴えようにも訴えられない。
視線だけで前方にいる陽介たちを見ると、早くも回復した様子の千枝が、未だにぐったりしている陽介を見てだらしないなぁ、と零している。なんでお前はそんなに元気なんだよ、と陽介は半ば呆れた顔で返していた。こちらの様子には気づいていない。
誰でもいい、どうか気づいてくれ。そう思っていると、雪子は立ち上がって自分の顔をのぞき込んできた。
「ずっと動きっぱなしだったから、急には座れない? ……でも、やっぱり座って休んだ方が、疲れもとれると思うよ」
そう言って自分の背後に回ると、無理にでも座らせようとしたのか、雪子は自分の両肩に掌を置いた。
しかし次の瞬間、弾かれたかのようにその手は離された。

「た、小鳥遊くんっ!? どうしちゃったの!? 身体、すっごく冷たくなってるよ!!」


ああ、そうか。

言われてみれば、




……すごく、寒い。


そう頭が認識した瞬間。
身体は異常をきたしているというのに、原因がわかったことでほっとしてしまったのか、急に、全身から力が抜けた。
ぐらり、と視界が傾く。


「小鳥遊くん!?」
すぐ後ろから雪子の声が聞こえたが、どこか遠くからの声のように、ぼやけて聞こえる。
「小鳥遊っ!?」
「小鳥遊くんっ!!」
雪子の声でこちらに気づいた陽介と千枝が、慌てて駆け寄ってきた。その間にも、傾いた身体は重力に従い、崩れ落ちていく。力を失った手からは、剣が抜け落ちた。
二人が近づいてくるにつれて、視界が白く染まっていくのがわかった。もう、身体だけではなく、思考も働かなくなってきた。
ああ、それでも瞼だけはちゃんと動いた、よかった――薄れゆく意識の中で、うっすらと、そんなことを思う。もう、限界だ。
目が閉ざされる。意識が沈む。そして、闇に飲み込まれる、その瞬間。



「センセイーッ!!!!」




いちばん遠くから、いちばん大きな叫びが聞こえた。










何かに、包まれている。最初にそう感じた。
布団とも毛布とも違う、けれどふわふわとしていて、柔らかな感触が伝わってくる。
やがて、肩から腕、掌へと、それが滑り降りていく感覚があった。
……何だか、とてもあたたかい。
頭の隅で言葉を形成すると同時に、沈んでいた意識が少しずつ、浮上してきて――思い出した。戦闘の後、寒さのあまり身体が動かなくなり、そのうえ倒れてしまったのだ。
だが、今はほとんど、寒さを感じない。倒れる前よりは大分、身体は温まってきている。
では、この身体を包んで、温めているものは何だ?
まさか、仲間たちが自分を家まで運んで、布団に寝かせたということはないだろうし。そもそも、これは自分の布団の感触とは全く違う。
けれど、テレビに入ったときの持ち物の中には、身体を温められるようなものは、何一つなかったはずだ。
わずかに手に触れている感触を確かなものにしようと、指先に力を込めると、思いの外容易に、指は動いてくれた。そのまま、鷲掴みにするように、握りしめる。


「……センセイ?」


頭上から降る、声。


「……クマ……?」


重い瞼を開けると、視界いっぱいに、不安を写した着ぐるみの顔があった。





視線が合うと同時に、クマの瞳は一瞬驚きの形になり、それから笑顔に変わる。
「セ、センセイ!! よかった、気がついたクマ!!」
そしてクマは自分を見下ろしていた顔を上げて、
「ヨースケ! チエチャン! ユキチャン! センセイ、気がついたクマよー!!」
声を張り上げると同時に、駆けてくる足音。
陽介は自分の傍らに、片膝をついた。千枝と雪子も腰を落として、自分と視線を合わせる。
「小鳥遊くん……よかった、気がついて」
「……心配かけて、ごめん」
胸をなで下ろした様子の雪子にそう返すと、千枝が首を振った。
「謝るのはこっちの方だよ。あたしたちも全然、小鳥遊くんの様子に気づかなかったしさ……」
「気にする、ことは……ないよ」
自然と、話し方が途切れ途切れになる。まだ本調子ではないんだろう。
「小鳥遊、もう大丈夫なのか? 動けるか?」
「……なんとか」
動けないことはない。けれど、仲間たちと同じようにはいかない。本当はそう言いたかったが、それだけの力はまだない。だが、この四文字の言葉に含まれた意味を、陽介はちゃんとくみ取ったようだ。
「もうちょっと、かかりそうだな。しばらくここで休んで、それから外に戻るか」
「だね。今日のシャドウ退治は終わりにしよ」
「……ごめん、みんな」
「だから謝らなくていいって!」
と、千枝が自分の頭を軽く叩こうとして――手を引っ込めた。
「やっぱ、病み上がりにはまずいよね……」
「ま、里中にしては賢明な判断だな」
「何だとぉ!?」
思わず、千枝が陽介に掴みかかろうとする。二人のやりとりに、雪子がクスリと笑みを零した。
「えっと、小鳥遊くん、さっきの戦闘のことなんだけどね」
雪子の発言に、陽介と千枝は忘れてたとばかりに口を閉ざした。一瞬で、視線が彼女に集まる。
「小鳥遊くん、シャドウから、氷の術……『ブフ』を集中的に受けてたでしょ? だから身体が冷え切って、ああなっちゃったみたい。それで私たち、なんとか小鳥遊くんの身体を温めようと思って、上着を総動員してたんだけど」
「あ、それでみんな、上着が……」
言われて初めて気づいた。仲間たちはいつもの服装ではなく、陽介はTシャツ、千枝と雪子は通常の学生服姿になっていた。そして、自分の身体には、陽介の学ランの上着と、千枝のジャージ、雪子のカーディガンが掛けられている。
「……ありがとう、みんな」
「俺たちより、クマに感謝しろよ」
なあ? と陽介が千枝と雪子に顔を向けると、二人は無言で頷く。
「こいつが、シャドウのいないこの小部屋探してくれた上に、ずっとお前についててくれたんだからな。全く、最初はセンセイが倒れたクマーって誰よりも騒いでオロオロして、あっちにフラフラこっちにフラフラしてたくせに、やるときはやるもんだ」
「ちょ、ヨースケ! それは言わない約束クマよ!」
と言うクマも何処吹く風といった様子で、陽介は腰を上げる。
「そんじゃ俺たち、シャドウが来ないか見張ってるから、小鳥遊はゆっくり休んでろよ。里中、天城、行こうぜ」
千枝と雪子も続いて立ち上がる。無理しないでね、私たちは大丈夫だから、と笑いかけ、二人は陽介を追っていった。
「ヨースケ、ちょっと待つクマよ、ヨースケ!」
そしてクマは、その背中に抗議の声を上げている。
「……クマも、頑張ってくれたんだよな。ありが、」
ありがとう、と言おうとして、クマの声の方向――背後を向いた時。自分はようやく、今置かれている状況のすべてを理解した。


自分は今、両足を投げ出して、床に座っている。上半身だけを起こされた状態。
その上半身には、仲間たちの上着が掛けられている。
そして、掛けられた上着の上にはさらに――柔らかい毛皮に包まれた、クマの腕。

自分の身体は、背中からクマに抱きすくめられていた。



「クマ、お前……もしかして、ずっとこうして……?」
クマは小さく頷いた。自分が倒れた時のことを思ってか、その瞳には、不安の色が浮かんでいる。
「ヨースケたちと違って、クマにはこの身体しかないから……せめてこの毛皮があれば、センセイも少しはあったかくなるんじゃないかって、思ったクマよ」



『この身体しかない』――というのは、服や、身体に掛けるようなものを持っていない、ということだろう。言葉通り、クマが持っているものは、その着ぐるみの身体しかないのだから。
自分が誰なのかわからないクマのことだから、もしかしたら、人間ではない自分を責めたかもしれない。
それでもなんとか自分を助けたいと思って、必死になったんだろう。一生懸命、自分を温めようとしてくれたんだろう。



「センセイ……もしかして嫌だったクマか? それなら……」
「嫌なんかじゃない!」
考えるよりも先に、言葉が飛び出していた。
「……嫌なんかじゃないよ。俺、すごく安心してたんだ。目を覚ましたとき……きっと、クマがいてくれたおかげだよ。それに、クマが俺のために一生懸命になってくれたこと、すごく嬉しかった」
「ホ、ホント?」
「ああ。嬉しくないわけないだろ」
からかうようにそう言うと、クマの瞳はたちまち笑みの形に変わる。こんな体制でなかったら、きっと今にも飛び跳ねて、小躍りしながら喜ぶんだろう。
「そっか……センセイが喜んでくれて、クマも嬉しいクマ!」
音符をまき散らしながらはしゃぐクマにつられて、自分も笑みを浮かべる。



「なあクマ。ついでに言うと、もうちょっとこのままでいてくれると早く回復できる気がするんだけど」
「ホントクマ? お安い御用クマー!!」



そう、きっとその笑顔が、その声が、その気持ちがあれば。




顔だけではなく、いつも全身でまっすぐに気持ちをぶつけてくるクマの喜ぶ様は、いつだって自分に力をくれる。



「……ありがとう」





背中を向け、クマに身体を預ける。心なしか、回された腕に少しだけ力が込められた気がした。
あたたかいのはきっと、身体だけじゃない。




















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実際のところ、クマ毛の感触ってどんな感じなんだろう。




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