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サルベージSSその4。
昨年のタカさん誕生日記念に書いたものです。




一度はやってみたかった、ラケット交換ネタ。





















--------------これからも、ずっと










不二に会えない日々が続いていた。



テニス部を引退してからというもの、二人が顔を合わせる機会は確実に減っていた。元々、テニス部に入るまでは全く関わることのなかった二人だ。部活という接点がなくなった今、学校生活における二人の接点はほぼなくなったと言っていい。
確かに、都合を付けて下校を共にすることなどはある。だが、それは運が良ければの話だ。河村はこれまで以上に店の手伝いをするようになり、不二の卒業アルバム製作委員の仕事も、少しずつではあるが始まっている。受験生という立場上、学業にも力を入れなければならない。互いの意志に反して度重なるすれ違いが起こり、週に一、二回会えたらいい方、というのが現状だった。
そしてそれは、今日、11月18日も、例外ではなかったらしい。
せめて自分の誕生日くらいは恋人の顔を見たい、という河村の思いとは裏腹に、結局一度も顔を合わせることができなかった。
電話やメールならあるかもしれないとも思ったが、携帯のディスプレイが不二の名前を写すことはなかった。何だかやりきれなくて幾度となく新着メールの問い合わせをしてみたりもしたが、『新着メールはありません』の文字に辟易して、諦めた。
もしかして、不二は自分の誕生日を忘れてしまっているのだろうか。不二も不二で毎日が忙しくなってきているのだから、日付の感覚がなくなっていてもおかしくはないのだが。


――仕方ないのは分かってるけど、やっぱり寂しいな……


胸の中で、河村は小さく呟いた。一人きりの帰路を辿りながら、何度も何度もため息をつく。無意識のうちに、足取りも重くなっていた。






かわむらすしの前に佇む、見覚えのある人影を目にするまでは。























「お茶しか用意出来なかったんだけど、いいかな」
「ありがとう。ごめんね、気を遣わせちゃったね」
店の名前が入った湯飲みを二つちゃぶ台に置き、河村は腰を下ろした。ちゃぶ台を挟んで、不二と向かい合う。
「いいんだよ。それに不二、ずっと外にいたから身体冷えただろ?」

帰宅した河村の目に飛び込んだのは、何日かぶりに見る制服姿の不二だった。
驚きのあまり、一瞬自分の目を疑った。だが店の前の人影は、河村の姿を捉えたと思うと小さく右手を振った。間違いない。不二だ。
駆け寄るやいなや、「お帰り、タカさん」と笑顔で言われた。もしかしてここでずっと待っていたのか、と聞くとそりゃもちろん、というように不二は頷いた。
しかし河村には、その意図が全く分からなかった。
なぜ、家の前で待つなどという面倒臭いこと極まりないことをしたのか。会いたかったのなら、なぜ連絡をしなかったのか。
問うべき事は山ほどあったが、ひとまず河村は、不二を家の中に入れることにした。11月の空気は冷たい。風邪などこじらせてしまっては大変だ。


まずはお互い、湯飲みに口を付けた。身体が芯から温まっていくのを感じる。
ふう、と吐き出した息も少しだけ暖かみを帯びていた。
「えっと……とりあえず聞きたいんだけどさ。どうしてあんなことしてたの?」
「そりゃ、やっぱり確実にタカさんに会うには家の前で待ってるのが一番かな、と思って」
「でも、学校ででも会えないことはないだろ? それに、電話でもメールでも連絡してくれてたら、俺だって」
「折角だから、こっそり行って驚かせようと思ったんだよ。最近、あんまり会えてなかったし」
と言ったところで、一瞬不二が言葉に詰まったような気がしたのは、気のせいだろうか。
そう思う間もなしに、それにさ、と不二はさらに付け足す。
「これ、学校からタカさんに持たせるわけにはいかなかったから」
そこで初めて、河村は不二が持っている鞄がいつも見ている通学鞄ではないことに気づいた。
……テニスバッグだ。


「……不二、どこかで試合してきたの?」
「違うよ。だったらタカさんが持つ意味がなくなるじゃないか」
「だったら俺の忘れ物とか?」
「もしそうならもっと早く渡してるって。タカさん、今日が何の日か忘れてるわけじゃないよね?」
謎かけをする子どものように、不二は笑う。河村は頭をひねりながら、不二の言葉をひとつひとつ咀嚼した。
「今日が何の日か……ってことは」
「うん。これは、僕からタカさんへの誕生日プレゼント」
言い終わる前に、不二は傍らのテニスバッグからそれを取り出していた。





「誕生日おめでとう、タカさん」
そう言って不二が河村に差し出したものは、箱に入っているわけでもなく、ラッピングがされているわけでもなく。
そして、河村自身も長い間親しんできたもの。
何度も何度も、美しく鮮やかなショットを生み出してきた、彼の、

ラケットだった。






「……これを、俺に?」
「うん。タカさんに受け取って欲しいんだ」
「そんな、受け取れないよ! だってこれ、不二の大事なものなんだろう?」
テニスプレイヤーにとって、ラケットがどれほど大事なものかはもちろん河村にも分かっている。長い間使っていたそれを手放すことが、どれほどリスクの大きいことかということも。
「もうテニスをしない俺ならともかく、なんで不二が……」
正直なところ、不二が自分の誕生日を覚えていてくれて、なおかつプレゼントを用意してくれたというだけで、嬉しくてたまらなかった。素直に喜び、彼に礼を言いたかった。
しかし、自分が使っていたラケットをプレゼントにする、という彼の意図がまたしても読めない。
喜びたいのに、素直に喜んでいいのかわからない。
眉間に皺を寄せる河村に、不二は目を細めて言った。
「それはもう、使うことのないものだから」
その時の不二は、河村を見つめながらもどこか遠くを見ているような目をしていた。




「地区予選でも、都大会でも、全国に行った時も……このラケットはずっと使ってきたんだけど、本当はこんなにたくさん使うつもりじゃなかったんだ」
不二は、差し出したものの受け取られないラケットを、抱えるようにして自分の胸に戻した。腕の中のラケットに視線を落とし、フレームやグリップを指で撫でたりと弄びながらも、彼の言葉は続いた。
「……タカさんとダブルスを組んでからなんだ。このラケットを頻繁に使うようになったのは」
確かにこのラケットは、上下のスピンを用いることが多いダブルスには適したものだった。つばめ返しをはじめ、このラケットから生み出されるボールの回転を河村は何度見てきたかわからない。
「それまでは、2本のラケットを使い分けてた。でも、ダブルスで使って以来、なんとなく手放せなくなって、それ以来ずっと使うことになっちゃってさ。……今思えば、初めてタカさんと組んだ時の気持ちが、忘れられなかったんだと思う」
そこでいったん言葉を切り、不二は顔を上げた。
「だからこれは、僕にとってはいつも『君とダブルスをするためのラケット』だったんだ」
そこまで聞いて、河村はもしかして、と一つ思い当たった。
不二の、このラケット。どんな時でも使っていたけれど、不二にとってはダブルスのためのものだったラケット。
それを、手放すということは。
「じゃあ不二、もうダブルスは……」
「うん、決めたよ。僕はもう、ダブルスはやらない」
不二の顔から、わずかに笑みが消える。真っ直ぐ視線を河村に向けて、真剣な面持ちで、不二は力強く宣言した。
「僕は、シングルスプレイヤーになる」





今後もダブルスを続けるか否か。
それは以前から、不二の悩みの種となっていた。
例えば黄金ペアであれば、二人揃って高校に進学すればこれからもダブルスを続けることができる。では、河村というパートナーを欠いた不二はどうなるか。
高校で新しいパートナーを見つけることがあれば、ダブルスプレイヤーとして試合に出ることも不可能ではない。しかし、やはりそれは不二の意に添うことではなかったようだ。
「僕なりに色々考えたんだけど、やっぱりタカさん以外とのダブルスはもうできないって結論しか、出てこなかったんだ。確かにダブルスをやめることで、僕の中の可能性が多少なりとも潰れてしまうのかもしれない。でも、もう自分の心に嘘をつくのは嫌なんだ。僕は、僕のダブルスパートナーとしての座を、他の誰にも譲りたくない」
不二は決して、河村から視線を逸らさなかった。述べられた決意の言葉にも、飾り気の全くない、むき出しの不二の心が見て取れる。それだけ、彼が本気だということだ。
「だったら、なんでラケットを俺にあげようなんて思ったの? もう使うことがないってだけなら、不二がずっと持っていてもよかったのに」
違うよ、と不二はかぶりを振った。いらないからあげる、とか、そう言った意味で河村に渡すのでは、決してないのだと。
「このラケットは、僕からタカさんへの感謝の気持ち。それと、」
不二は深く息を吸い、ほんの数秒、目を閉じる。目を開けたときに不二が浮かべたのは、はにかむような笑顔。
「僕の永遠の、ダブルスパートナーの証」





「……なんか」
「ん?」
「今すごいことを、サラリと言われた気がするんだけど……」
河村は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を変えることができないでいる。その様子に、不二ははじけるように笑った。
「ふふっ、ならそんなに深く考えなくてもいいよ? そうだね、例えば……」
うーん、とあごに手を当てて考え、やがて不二はぽんと手を打った。
「僕たちが顔を合わせられることも、少なくなっちゃったからさ。そんな時にこのラケットを僕の代わりと思って欲しいなー……なんて」




――ああ、そうか。





その声が耳に入ったと同時に、霧が晴れたような気がした。
今、やっと分かった。彼のプレゼントの意味が、全て。






不二が言ったことは、偽りなどでは決してない。それは河村自身が誰よりも分かっている。
河村以外とダブルスはできないということも、パートナーの座をもらってほしいということも、全て真っ直ぐな不二の気持ちだ。
ただ、その中に隠された不二のもう一つの思いが、ほんの少しだが河村は見えたような気がしたのだ。
不二はきっと、分かっていたのだろう。
二人が以前のように顔を合わせることができなくなり、河村が寂しさを、時に不安を感じていることを。
だからこそ、今までずっと使ってきたラケットをプレゼントとすることで、自分に伝えようとしている。僕のパートナーは君以外にいないよ、例え今以上に一緒の時間を過ごせなくなっても、心だけはいつも君と一緒にいるよ、と。
本当は不二だって、不安でたまらないはずなのに。人一倍寂しがり屋の彼が、辛くないわけがないのに。
それでも笑顔を浮かべて、自分を見つめてくれている。



「本当に、俺がもらっていいんだね?」
不二は柔らかく微笑んで、頷いた。ありがとう、と囁くように口にして、河村はそれを受け取った。不二のラケットと、彼の思いと、たった一人のパートナーの座を。









本当にありがとう、不二。
君はこんなにも一生懸命、俺のことを想ってくれていたんだね。










「じゃあ、俺も不二の思いに、応えなきゃね」
「え?」
いきなりの言葉に困惑したであろう不二をよそに、河村は不二のラケットを傍らに置くと、立ち上がって部屋の隅に置かれているそれを手に取った。今はもう使われていない、けれど押入の中にしまうこともできずにそのままになっていた、テニスバッグだった。
そこから取り出したのは、河村が三年間共に戦ってきた相棒。ガットが切れてもグリップが血にまみれても手放さなかった、たった一本のラケットを、河村は不二に差し出した。
「これ。不二にあげるよ」
さすがの不二もこのような展開は予想していなかったらしく、河村の顔とラケットを交互に見ながら、えっ? えっ? と疑問符を浮かべるばかりだった。
「俺にはもう必要ないからね。不二に持っててもらった方が、こいつも喜ぶと思うよ」
でも、と不二が呟く。
「でも、タカさんの誕生日なのに……僕がもらっちゃったら意味がないよ」
なんだそんなことか、と河村はクスリと笑った。
戸惑う不二が何だかとても可愛らしく見えて、思わず笑みを浮かべてしまう。笑ってしまっては失礼だと、分かってはいるのだが。
「そんなことは気にしなくていいよ。俺が不二にあげたいって思ったんだから」
そう答えると、半ば呆けたような表情のまま、不二は河村のラケットに手を掛ける。
その手を包み込むように握って、河村は紡いだ。不二の思いに応えるための言葉を。




「約束するよ。
このラケットに誓って、君をこれからもずっと、大切にする。
だから、忘れないで欲しい。
いつもそばにいることはできなくても、俺はいつも、君のことを思っているってこと。
何があっても、俺の気持ちは変わらないから。……君を、ずっと好きだから」






「タカさん……君って、人は……」
まるで結婚式での誓いのようなその言葉に、不二はさあっと頬を朱に染めた。その様子に、今更だが照れくさくなって痒くもないのに頭を掻いた。「タカさんって、たまに変なところで照れるよね」といつか不二が言っていたのを、思い出した。その時はピンと来なかったが、やはり不二は正しかったのかもしれない。
「じゃ、じゃあ」
「ん?」
「僕からも改めて、言わせてくれないかな」
このままじゃ何か悔しいしね、と小さく漏らしたのを聞き逃しはしなかったが、やはり笑っては不二に悪いと思い、聞こえないふりをした。











「タカさん」
彼の声が、自分の名を呼ぶ。
もう何度も聞いている言葉だけれど。
やっぱり名前を呼んでくれる時の声が一番好きだな、と、思う。












誕生日おめでとう。
生まれてきてくれて、ありがとう。
僕と出会ってくれて、ありがとう。
一緒にテニスをしてくれて、ありがとう。










――僕を好きになってくれて、ありがとう。




















------------------------------------------




10.5に載っていた「上下のスピンを多用するダブルス戦では、コントロールのしやすいラケットを使用」の文字を見てからずっとやりたいと思ってたネタでした。
しかし、不二は全国大会ではちゃんとラケットを変えていたということに書き上げてから気づき、今さら修正するわけにもいかないので、設定が矛盾したまま公開することに……



そういえば、新テニスの方ではラケットどうなってたんだっけ。




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